「本が増えて家が手狭になったから、妻子を殺した」
そんな動機、理解できるはずがない。けれど『微笑む人』は、その“理解不能”から目をそらさず、証言を積み重ねながら一人の男の輪郭を追っていく心理サスペンスです。
いい人に見える人は、本当にいい人なのか。
それとも、私たちは“そう見たいもの”を見ているだけなのか。
読後、誰かの笑顔を見る目が少し変わる一冊。
あらすじ
エリート銀行員・仁藤俊実が、妻子を溺死に見せかけて殺害した容疑で逮捕される。
本人が語った動機は、「本が増えて家が手狭になったから」。
あまりに不可解な理由に、世間は騒然となる。事件に関心を持った小説家の「私」は、仁藤の同僚や旧友、知り合いの女性たちに取材を重ねていく。
そこで浮かび上がるのは、「仁藤はいい人だった」という証言の数々。けれど同時に、彼の周辺では過去にも不審死が起きていたことが見えてくる。
証言を集めても、核心には届かない。むしろ、“理解不能”な人物の輪郭だけが、少しずつ濃くなっていく。
そして物語は、読者の想像力に刃先を向ける結末へと進んでいく。
ここが推し
- 取材形式の没入感:関係者の証言が少しずつ像を更新し、読者自身が“何を採用するか”を試される。
- 「動機」の読み味:スッキリ解く快感ではなく、“分からなさ”の背中を撫でる怖さが残る。
- 映像化で比較も楽しい:2020年にドラマ化(テレ朝系SP/配信あり)。読み後、映像版の解釈差を見るのも一興。
感想
読みながら、笑顔ってこんなにも人の判断を鈍らせるのだと何度も思いました。穏やかな物腰や丁寧な言葉に安心してしまうのに、話の芯に触れると、どこか噛み合わない感じがじわじわ漂います。相手が“いい人”に見えるほど、こちらのほうが都合よく解釈してしまう怖さが、積み重なっていきました。
物語の運びは大げさな演出に頼らず、証言や行動の細部を少しずつ並べていくタイプです。視点が切り替わるたびに「たしかにそうも見える」と思わされて、同じ出来事の印象が更新されます。終盤も、意外性より納得が先に立って、これまでの違和感が一つの線につながっていく感じが心地よかったです。
読み終えると、表情や話し方の“印象”にどれだけ影響されているかを振り返りたくなりました。共感できるかどうかと、事実として妥当かどうかは別の話だよね、とあらためて意識させてくれる一冊です。
こんな人におすすめ
- “動機重視(ホワイダニット)”の心理サスペンスが好き
- 取材/証言が積み上がるタイプの構成に燃える
- 後味は静かに刺さる作品を探している
著者メモ
- 貫井徳郎
デビュー作:『慟哭』
代表作:『乱反射』『後悔と真実の色』『微笑む人』 など。

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