読み終えたばかりなのに、もう一度この街へ戻りたい。
錦C町に暮らすのは、一癖も二癖もある人ばかり。本を開くたび、次はどんな人が現れ、何を言い出すのだろうと期待が膨らみます。
その真ん中で、極度の心配性である夏目だけが、真顔のまま心配事を増やしていく。この温度差がおかしくて、ただただ楽しい読書体験でした。
大きな事件が起こる物語を好んできた私に、何げない日常を描く小説の面白さを教えてくれた一冊。これがデビュー作ということにも驚かされ、鈴木七月さんの次作はもちろん、夏目たちにまた会える続編も読みたくなりました。
この記事では、第69回メフィスト賞受賞作『かわりに嘘』のあらすじと感想を、ネタバレなしで紹介します。
※本記事はNetGalleyで発売前に読了した感想です。
『かわりに嘘』のあらすじ
大学生の夏目は、700件もの心配事をスマホに記録している極度の心配性。
しかも、夏目の集計では、その7割が現実になっていました。
祖母を亡くした夏目を引き取ったのは、東京の錦C町に住むおば・宇曽川ひかり。ところが、ひかりは何を尋ねても嘘ばかりで、どんな人物なのかさえつかめません。
かつて眼科医院だった家には、別の世界へつながるといわれる緑色の扉があり、夜になると正体不明の足音まで聞こえてきます。
やがて夏目は、街に残る伝説と、ひかりが隠している過去に関わる謎へ近づいていきます。
『かわりに嘘』を読んだ感想
ぶっ飛んだ街の人たちと、ひとり真顔で心配する夏目
街の眼鏡屋さんは、スパンコールのジャケットをまとい、まるでミラーボールのように現れます。ふいに辺りがまぶしくなるだけで、眼鏡屋さんの登場だとわかる。その描写がいちいち面白い。
不動産屋が紹介する訳あり物件も、どれも想像の斜め上です。屋根の上にカピバラが棲みつく物件でさえ、まだおとなしい方。次はどんな物件が出てくるのかと待ち構えていても、そのたびにこちらの想像を軽々と超えてくる。読みながら、ニヤニヤが止まりませんでした。
人物が現れるたびに驚かされ、読み進めるほど鈴木七月さんの圧倒的なセンスにハマっていきました。
その真ん中にいる夏目も十分に個性的なのに、周囲と並ぶと不思議なくらい冷静に見えます。
どれだけ突拍子もない話が飛び出しても、夏目は真顔のまま、起こりうる心配事をリストに加えていく。
自由すぎる街の人たちと、淡々と最悪の事態を想定する夏目。全員が大まじめだからこそ生まれる、この温度差がたまりませんでした。
初めて聞く組み合わせが次々に飛び出す
この作品には、「その組み合わせは人生で初めて聞いた」と思う言葉や発想が、次々に飛び出してきます。
たとえば、ひかりが口にする「コンタクトレンズの怨霊」。
コンタクトレンズも怨霊も知っているのに、ふたつが並んだ瞬間、まったく聞いたことのないものになる。何をどう考えたら、そこへたどり着くのか。鈴木七月さんの想像力に、何度も驚かされました。
しかも夏目は、そんな話も聞き流せません。コンタクトレンズの怨霊が頭にちらつき、眠れなくなることも。
ひかりが想像の斜め上をいく言葉を投げ、夏目が新たな心配事としてしっかり受け止める。その掛け合いも、本作のたまらなく面白いところでした。
嘘つきのおばと開かずの扉
人物同士の掛け合いはユーモラスですが、物語の奥には不穏なものも残っています。
ひかりは、夏目の質問へまともに答えません。
どこまでが嘘で、どこからが本当なのか。そもそも、ひかりが嘘をついている理由も分からないままです。
そこに、夜中の足音や緑色の開かずの扉、街に残る伝説が重なっていきます。
会話や人物の面白さに笑いながらも、扉の向こうには何があるのか、ひかりは何を隠しているのかが気になって読み進めました。
不穏な設定と、にぎやかな登場人物たちが同じ物語の中にいる。そのちぐはぐにも見える組み合わせが、本作ならではの読み味を作っています。
『かわりに嘘』をおすすめしたい人
『かわりに嘘』は、次のような人におすすめです。
- 一癖も二癖もある登場人物が好き
- 人物同士の会話や掛け合いを楽しみたい
- 日常の中に不思議な謎が入り込む作品が好き
- 大きな事件よりも、人物や言葉の面白さを味わいたい
- メフィスト賞の新しい作家をチェックしたい
開かずの扉や街の伝説といった謎はありますが、人物たちの存在感がかなり強い作品です。
謎だけを追うというより、夏目やひかり、街の人たちが何を言い出すのか楽しみながら読む人に合うと思います。
まとめ
『かわりに嘘』は、極度の心配性である夏目と、嘘つきのおば・ひかり、そして一癖も二癖もある街の人たちが織りなす、少し不思議でかなり可笑しい物語です。
人生で初めて聞くような言葉の組み合わせや、想像の斜め上をいく人物たち。それでいて、開かずの扉やひかりの過去もしっかり気になり、最後まで物語へ引っ張られました。
大きな事件が起こる作品を好んできた私に、何げない日常を描く物語の面白さを教えてくれた一冊です。
デビュー作とは思えないほど、文章や発想に鈴木七月さん独自のセンスを感じました。今後の作品を追いかけたいのはもちろん、夏目やひかり、錦C町の人たちにまた会える続編も読んでみたいです。

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